晴耕雨読

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忘れてしまうから残す

1103 声という花束を、幕張メッセへ 【音楽文にて掲載】

「そういう時に出会うのよね、音楽って」
 

その言葉はわたしの胸へ、目へ、耳へと侵入してはぐじゃぐじゃ、ぐるぐる、と体全体へ広がっていく。無職だ、と自虐し始めた主人公に対して「無職でもいいじゃないですか、事情は知らないけど」と暖かいような冷たいような言葉の後に、それは綺麗な声色によって放たれた。テレビの前に横たわりながらそれを見ているばあちゃんにこれはなにか、と尋ねると、火曜22時から放送している『G線上のあなたと私』というドラマだと教えてくれる。その間にもテレビの中の映像は進んでいくのにしかし、わたしはずっとそのセリフに心を、脳を奪われたままだった。ああ、もう目に入る情報を全てなくしてしまいたい。そう思ってわたしは目を瞑る。そうしながら、ゆっくり、ゆっくりと大好きなロックバンド、感覚ピエロに初めて会ったあの日のことを思い出していた。右手にはほんの少し背の高い男の人がいて邪魔だな、なんて思っている。ステージ上に立つ彼ら4人になにもかものボルテージを最高潮にされ飛び跳ねながら精一杯、必死に目に焼き付けようと隙間から目に焼き付けようとしている。汗まみれで、なのにタオルなんか持っていないからポケットには汗で湿ったハンカチがねじこまれていて、隣にはその場に連れてきてくれた友人が居て、でもその友人の顔はぼんやり不鮮明で。少し飛び跳ねて着地しようものなら後ろの人の足をもれなく踏んだ。隣の人に押される。後ろの人にぶつかられる。前からですら倒れてくるような圧を受けて押し合いへし合いになった時間もあった。ただ熱いだけじゃない、濃厚でなにでもない、みたことのない色をした夜。ライブ終わりの天下一品のラーメンも含めて、あああれは美味しかったな。格別だった。そこまで頭の上に思い浮かべてから、ゆっくりと目を開ける。さっきと何も変わらない、すこしごちゃごちゃしたばあちゃんちの机がすぐに視界に拡がった。感覚ピエロに出会った時、わたしは無職だった。
 
 

彼らとの初めての出会いは今年の5月。横浜のライブハウスで、バンドにももちろん、感覚ピエロというアーティストにもなんの興味もなかったがただただ友人が誘ってくれたから、というごくありふれたもの。しかしわたしの出身は大阪で、友人も大阪で、わたしの実家も大阪にあり、友人の実家も大阪にある。その時はなんとも思っていなかったが、考えてみれば『偶然』という言葉で片付けてしまうにはあまりにも惜しい。わたしはその当時、神奈川県鎌倉市にあるゲストハウスで住み込みスタッフをしており、誘ってくれた友人は同じ神奈川県内に就職が決まって既に働いていた。2人とも神奈川にいたのだ。SNSでの会話を遡れば「チケットまだとってへんけど」「うおい」「まあとれんくても」「なに」「遊ぼう」そんな会話がされていて、近くにいるなら遊ぼうや、とまるでただの遊びの延長線。対バンだということも後から知った。『対バン』という言葉すらも耳でかすかにしか聞いた事のないわたしは、対する、という言葉を使われているために前方と背後にステージがあって同時にそのアーティストが演奏するのだろうか、なんて無理やり、かつ滅茶苦茶なことを考えていた。「対バンは2つのアーティストに挟まれてるんやな?」さすがにこれはちょっとアホすぎる、と自分でも思う。どうやって音を聴くつもりだったんだろうか。でもそれくらいわたしは、バンドというものにそもそも興味すらなかったのだ。
 

しかしそれでも感覚ピエロに出会ってからわたしはまるで光のごとくバンド、いわゆる『邦楽ロック』というジャンルにことごとくハマっていく。今ではLAMP IN TERRENとAge Factoryが感エロに次いで大好きで、ライブにも行ったしこれからもたくさん行きたい気持ちがかなり強い。しかしどれもこれも聞くたびに感じるのは『感覚ピエロが彼らとも出会わせてくれた』という強い思い。初めてのライブが感覚ピエロで良かったともちゃんと思えているのも、こうしてジャンルごと好きになれていることも、出会えたのが偶然だと決めつけるのにはもったいない要因なのである。
 

ライブがとてつもなく楽しかったのもその要因のひとつとも言えるだろう。感覚ピエロの楽曲の中にはテンションを日常生活上では考えられないほど最高潮にしてくれる曲が、数曲存在する。飛び跳ねながらタオルをぶんぶんと振り回すことのできる『A BANANA』をはじめ、感覚ピエロを語るに欠かせない、つい最近も豪華な面子によってRemixバージョンも制作された『O・P・P・A・I』、ひとたび聞くと体を四方に暴れさせたくなる絶妙なテンポの『メリーさん』など。これらを「ライブ映えする曲だ」と安易に定義していいのか判断し兼ねはするのだけれど、どれもライブで聞いて暴れ遊び、汗だくになってしまいたい曲ばかりだ。もちろんそれだけじゃない。『さよなら人色』『夜香花』などの切ない感情が入り交じるバラードもとても、とてもいい。「ライブが楽しい」というのは一種のバンドの特徴にもなりうるだろうし、それは感覚ピエロだけに当てはまる言葉ではもちろんないだろう。しかしその「ライブが楽しい」バンドの中でもそういう曲のキャッチーさ、つまり初心者でも楽しみやすい、親しみをもちやすいわかりやすさ、のようなものが彼らの楽曲からは初めて聞いた・初めて彼らと相対したわたしでも強く感じた。リズム、使うワード、歌詞のわかりやすさ、メロディ。愛称が感エロだからってただただエロいだけ、なんてものじゃない。セクシーだったりエッチだったり破廉恥だったりするし、キュートだったりクールだったり破天荒だったりもする。でも全てにおいてわたしが感じているのは、『いかに聴いてくれる人を楽しませるか』。だから聴いていて楽しいし、彼らのその熱い熱い気持ちから生まれる軽やかなキャッチーさにとことん惹かれる。
 
 

住み込みスタッフは一時的なものだと考えていたし、去年の秋頃から1年もたたない間に辞めた。今もアルバイトや派遣労働をぼちぼちしてはいるものの、社会的な立ち位置でいえば無職だとずっと思っている。手に確かな職はない。確かだ、この先もしばらくはこれでいく、そう思える職を自分は持っていない。だから無職。ゲストハウスを辞めると決めた時も、そう決まった時もたくさんの人に「なぜ辞めるのか」と聞かれた。楽しかった。たくさんのいい人に囲まれて、好きなものももっと好きになれて、学びもあった。そう思っていたわたしの中にもやはりこれと言った確かな理由もなく、しかしなんとなくマンネリ化してきているような感覚があったからだったがもしかすると、と今なら思う。どこか心の中で、「ずっとここで働き続けられる訳じゃない。ならば違うどこかを、わたしはまた見つけなければ」そういう焦りもあったのかもしれない、と。無職は辛い。辛くないわけがない。周りの友人たちはどんどん手に職を付けていく。焦らないわけもない。そんな私を、いつだって勇気づけたり元気にしてくれたり、時には落ち込ませてきたってするけど力の源になっているのは、確かに音楽だった。邦楽ロックだった。感覚ピエロだった。
 

わたしはそういう時に出会った。先が見えなくて、でもいま目の前にあることをやるしかなくて、やりたくて、そういう時に感覚ピエロに出会って、大好きになった。そんな彼らが11月4日の月曜日、史上最大規模としている幕張メッセイベントホールにて、ワンマンライブを行う。またあの頃のように友人が連れていってくれる。いや、ちがう。感覚ピエロにわたしは会いに行く。いつもありがとうと伝えるために。助けてくれてありがとう、出会ってくれてありがとうと腹の底から、心の奥深くから声に出して感謝の気持ちを伝えるために。きっとどれだけ叫んだって足りやしない。ここに書いたからって収まるわけもない。出会えてよかった。ただ出会うことができて、本当に嬉しい。これからこの先、どれだけそう思いながらわたしは生きていくんだろうか。
 
 

音楽を好きな人の中には色んな人がいる。友人のように手に職を持っていて日々忙しなく働く人や、わたしのようにまだこれといったものがなく未来に不安しかない人や。わたしは音楽が好きだし、音楽を好きになれてよかったと思っている。無職であることに悲観する気持ちが少なくなったわけじゃない。どんなに元気づけられたってその事実は無くならないからだ。でも、好きになってよかったと、心の底から思う。人間は、好きなものがあればあるだけ強くなれるんじゃないだろうか?そう思ってさえもいる。わたしは強くなった。少しだけだけれど、たしかに。そして今ではまたひとつ、前に進むことだってできている。元を辿っていけばそうやってまた進むことができたことも、彼らに出会えたからと言ったって過言ではないだろう。
 
 

どんな人にも、誰にでも開かれている音楽という芸術に、今少しでも苦しみや辛さを抱えている人にこそ触れてほしい。触れてみてほしい、なんでも、どんなきっかけでもいいから。そうつよく思う。直接その問題を解決してくれるわけではないだろう。絶望や挫折がパッと消えてくれたりなくなってくれるわけでもないだろう、でも、その気持ちは無駄にはならない。誰にも否定はされない。されるべきではない。胸を張れるほど好きなものに、なんでもいいから出会えばいい。そう、出会ってしまえばいいのだ、その先はきっと転がるようにどこかへ進んでいけるだろうから。そんな中でもわたしは音楽を推したい。そしてあわよくば感覚ピエロをオススメしたい気持ちだ。ここでは感覚ピエロというバンドの良さを十二分には語れなかったのでひとまずサブスクでもなんでもいいから今年の9月に発売されたばかりのベストアルバム『全裸』を順を追って聞くといい。ちなみにわたしは「ミステリアスに恋して」が(特にイントロ部分が)いちばん好きだが、残念ながらその曲はベストアルバムには収録されなかったので、わたしはいちばんその曲が好きだ、ということだけ記しておく。
 
 
 

ちなみに、感覚ピエロのことが好きすぎていつも書き忘れてしまったり話し損ねてしまったりするのだけれど、初めて観た感エロのそのライブの対バン相手は忘れらんねえよだということを忘れずに最後に書き記しておきたい。ギャグではない。本当にギャグではなく本気でいつも忘れてしまうのだ。まあ、それはそれでちょっと申し訳ないと思っているので、あしからず。




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(あとがき)

11月6日の夜、音楽文にて掲載が決まったことをTwitterで知った時は正直ほっとしました。毎平日20時に更新される、とのことだったので、ああ、じゃあ11月3日日曜日の深夜に送信したこの文章はきっと、きっと審査をくぐり抜けて5日火曜日に掲載されることだろうと思っていたら、されず。されなかったらここに載せるのは載せるけど、ん〜なんだかな〜あ〜だめだったか〜と思っていたらその翌日に投稿されたので安心しました。よかった。誤字が数箇所あるから良くないけど、よかった、嬉しかったな。……って、いやいや。いやいやいや、全然よくない。よくないから。(一応)(いや一応って書くのも失礼だな)公式な場に出すものなのだからもっと推敲すべきだったから。好きな曲名を間違えてるの、ほんとだめだから。こういう詰めの甘いところがまじで自分にはある。でもなんだろうな、きっともう少し前の自分なら、そんな音楽文に寄稿するっていう形で文章を書こう、なんて思わなかったような気がしていて。案外いつも書いてる日記と同じような文体で書いて、提出して、自分でも読んでそこまで不快感を感じなかった。だから、うん、(自分で言うのもなんだけど)やっぱり昔よりは文章を書くのが上手くなったんだなーなんて思ったりもしました。褒められて(同時に鼻も)伸びるタイプなので、いつもありがとうございますという気持ちです。誰とは言わないけれど。


幕張に対する思いはもうたくさんたくさん、レモンを最後の1滴まで搾り取るように書いたり考えたりしたのでもう書かないけれど、ただ、「音楽ってすげえな」と本当に心の底から思います。すごいし、かっこいいし、最強だし、最高だと。エイジのボーカルえーすけさんが言った「ロックがいちばん強い」っていう言葉も、オーラルのボーカルやまたくが言った「ロックは弱い人間がつくるからおもしろい」っていう言葉も、大好き。音楽が好きです。好きになれて良かった。好きになれて良かった、と何度も言いたくなるものに出会えて、本当に嬉しい。音楽バカでありたいです。それも、できるかぎり、ずっと。